3月3日、冬季公認記録会が千葉国際水泳場にて行われました。

今年度で帝京大学を退職する浜上監督は、この日を最後に帝京大学水泳部を去ることになっていました。同部はこの記録会で「自己ベスト100%」という大きな目標をかけて挑みました。

私も直前の2月は3週連続で部にお邪魔して魔女クリを開催。

またこの日も一日、部員の「西園さん、お願いします!(魔法をかけてください)」に答え、全力でサポートしました。

写真では足元は見えませんが、ランジで腸腰筋を伸ばしているところ。
彼は激痛に耐えようと真剣に深呼吸中。(笑)

「西園さん、魔法をかけてください」と全員が言ってくれたわけじゃないけど(笑)、頼まれた人全員に魔女の魔法を。大会の一日で泳ぐのは一度だけではないので、何度も来た子もいました。本当に"懸けて"いたのでしょう。私も全力で魔法をかけました。

チャレンジレース(あともう少しで標準記録を突破できるタイムに来ている選手のラストチャンス)に挑む選手を部員全員で見守っている様子。

結果からいうと、その目標は、達成ならず。

しかし 浜上監督の6年間の集大成のこの日、今大会参加校の中で最も熱い泳ぎを見せてくれました。部員それぞれが、大きな経験をしたのではと思います。

「自己ベスト」。

この大会を経て、自己ベストを出すことがどれだけ難しいか、一日何本も泳ぎ、最後の最後にタイムを縮めてくるということの過酷さ、しかしそれはスポーツ競技の醍醐味でもあり、厳しさと愉しさを実感させられました。ここに挑んだ人(出場した他大学の人々も含め)全員を讃えたいです。

「先生すみません  先生の前で、結果を出したかった  本当に悔しいです」  
...涙がこらえきれない浜上監督

数字になって実力の差と結果が現れるというのは、分かりやすいけれど残酷なまでに現実を突きつけられる世界だなと、 ダンスの世界にいる私は思います。

部員の彼らに求められたのはこの数字と自分(心も身体も)に向き合い、本気になれるかどうかだったと思います。

6年間の浜上監督の取り組みは着実に成果をあげていました。

しかし学生たちの本気は「終わりがある(いなくなるなんて想像してなかったのに)」ことでその意識意欲にスイッチが入ったのではと思います。

浜上監督の「最後の日」のレポートです。


【最後の日/第42回関東学生冬季公認記録会】
僕にとって帝京大学水泳部最後の日でした。大会の結果は以下の通り。
ベスト更新者12/21人(52.4%)
ベスト更新レース15/44レース(34.1%)
パフォーマンスレベル99.34±1.61%
※初出場を除く
9人の選手にベストを出させることができなかったことを僕は悔やみますが、部員たちにはこのチームの結果とこれに至るまでのプロセスをぜひ誇ってほしい。
本当に素晴らしい取り組みと人間的成長を見せてくれました。
6年前僕がここでコーチをやると決めた時に自分に課した最低限の目標「全員を高校生時代より速くする」は今回の大会をもって辛うじて達成できました。これは地味かもしれないけど、自己満かもしれないけど、本当に嬉しいしほっとしています。
最後残ったのが2年間たゆまぬ努力を積みながらも結果に結びつけられていなかった現チーム唯一の女子選手。毎試合この子の悔し涙を見る度に自分のコーチング力の無さを痛感し反省してきましたが、今回最後の最後で初めて嬉し涙を見ることができて少しばかり救われました。
その他も大ベストを出したレース、ベストが出なかったレースを含めすべてのレースに部員たちの魂がこもっていて、心が揺さぶられっぱなしでした。
嬉し泣き、悔し泣きがたくさんあったのも本気で挑めたからこそ。
大きなプレッシャーを背負いながら己の限界に挑む部員たちの真剣な様子を見ていて、競技スポーツの醍醐味が何なのかを改めて実感することができました。
絶頂とも思えるこの瞬間にチームを去ることができる自分はある意味幸せ者かもしれません。
これまで様々なかたちでサポート・応援していただいた方々、本当にありがとうございました。
もちろん帝京大学水泳部はこれからもさらなる進化を目指し活動を続けていきますので、今後も変わらぬご支援・ご協力をいただけると幸いです。
そして最後に、僕の人生に大きな刺激と彩りを与えてくれた帝京大学水泳部に心より感謝申し上げます。
脈々と受け継ぎながら素晴らしいチームを創ってこられたOB・OGの方々、ありがとうございます。
この日までともに歩んでくれた現役部員のみんな、マジでありがとう。
(帝京大学水泳部監督・浜上洋平)

https://twitter.com/teikyo_swimteam/status/1102037124096774144
一度もベストを出すことができなかった由希子ちゃんが大学入学以来の初ベスト!!!
これには部員全員、当然浜上監督はぐっと熱くなりました。
他の部員ベストの裏にも、いろいろなドラマが詰まっています。

浜上監督と私が帝京の子たちのことでずっと話していたのは、彼らに成功体験を味わわせてあげたいというもの。その経験は必ずその後の人生への大きな自信にもなる、一つの目標を立てて本気で挑むことは良い悪いは別にして結果を受け止めるという経験、それは絶対に楽しいから、と。

浜上監督の熱い想いと学生たちの素直さ純粋さに心を動かされ、私自身も帝京大学水泳部の指導にのめり込んでいきました。

「こいつら本当に最高だよな。」「ほんと。でも彼らを育てたのは、はまっちだからね。」



【浜上監督について】

「ひたすら泳ぐ」がほとんどの水泳界の練習風景としてある中、浜上監督は技術練習に重きを置くという方針を貫いてきましたが、その道のりは平坦なものではなかったといいます。


※浜上監督が水泳部を組織づくる、泳法を指導する上で考えていたことはここにまとまっています。

≪スポーツ×インテリジェンス―浜上洋平―≫

彼自身はひたすら泳ぐという従来の一般的な選手生活を経てきており、名門筑波大学水泳部に推薦で入ってくるという実力者。また彼は筑波大学では体育科教育を学び、いかに面白くスポーツ・体育を教えるか、授業をプログラムするかということを考え、体育教師を目指す学生に授業を施す大学の教員です。

常に水泳の泳法の研究し、水泳部のチームビルディングや、すぐには答えを言わずに学生ひとりひとりに考えさせる指導方針を貫く、本当に素晴らしい指導者。まさに名将といえる人間だと思います。

【私が帝京大学の指導に入るまでの経緯】

競技者としては"センスマン(感覚派)"だった浜上監督。なんでも割とすぐに感覚でできる、大きな試合であればあるほど本番で実力を発揮できる方だったそうです。しかし目の前にいる帝京の部員たちは自分が悩んだことのない部分でつまづいている。自分が悩んだことがないから伝えようもない。

そこで、大学同期だった私に 浜上監督は声をかけてきたのでした。

私は一般で筑波大学の体育専門学群に入学。ダンス部に所属していましたが優れたダンサーだったわけでなく、これといって目立つ方でもありませんでした。ダンス活動よりも研究(スポーツバイオメカニクス)の方に没頭していましたし、ダンス界で活動し始めたのは大学院を卒業した後、24歳以降のこと。

しかしながら大学卒業後、競技を引退する同期が出てくる中、30を過ぎてもなお踊り続け、ドイツに留学し、骨折し(笑)、復活し(笑)、身体を磨き続ける私に何度か身体への質問を投げかけてきていて、その回答と説明から「そのマニアックな知識(←)、こいつらに身体の使い方を教えてやってほしい」と、彼の帝京大学の退職が決まったタイミングに、いよいよ本気で自己ベスト100%へと動き私を呼び寄せ、魔女クリがスタート。

浜上監督はちょうどその時期、平野コーチとのタッグをつくるようになります。

平野コーチ(左)と浜上監督(右)。このタッグ、最強。
二人とも、つくづく大きな背中だなぁと思う。いろんな意味で。

ちょっと余談ですが、

個人的な話...私は実はこの時期ダンサーとして自分の舞踊人生のどん底にました。「もうやめようかな・・・疲れちゃった・・・楽しくない」、そんな状況の時にこの帝京大学水泳部の指導が始まってくれて、私が苦しみながら歩んできた道のりが生かせる場を与えられ、光が当てられたわけです。

私の舞踊人生は、彼に救われたと思っています。

「魔女」と命名してくれたのは浜上監督。「魔女」が生まれたのはこの帝京大学水泳部。指導を始めた5月には、まさか私がこんなにも全国規模で注目を集める人間になるとは、、、浜上監督の予想以上だったようで「飛躍すんの早過ぎ!」て言われました(笑)


【本気で「自己ベスト100%」を狙う...そのため結集した仲間】

左から 平野コーチ、浜上監督、サラリーマンアスリートの柿添さん。
よくよく考えたら本当にすごいメンバ―。


この3人に魔女を入れた4人のLINEグループがあり、その中で水泳のこと、部活のこと、その他、多方面の各々の活動のことを毎日のようにディスカッションしたり相談したりしていました。個人プレーの多かった私は、この4人のお陰で“仲間”というものの素晴らしさを学びます。言いたいことを好き勝手言う、大人でもあり子供でもあるおじさん達・・・(笑) 最高でした。

この仲間たちに集まってくる人々もトップクラスの人たちばかりで、みんながみんな、 "帝京大学水泳部を応援したい" という本当に純粋な気持ちだったと思います。

そんな風に“人が集まる場所”、魅力的な大学水泳部になったということも、すごいことだと思います。

【変化・成長していく部員たち】

浜上監督の取り組みが話題を呼び、日を追うごとに注目を集め、全国の指導者が帝京大学水泳部の練習の見学にくるようになりました。 そのたびに部員は意欲を高め、士気を高め、水泳部のブログの内容も濃いものへとなっていきました。

結果として部の目標は達成できなかったわけですが、部の雰囲気はどんどんよくなる一方だったのは私も肌で感じたし、皆が自主的に練習に取り組み、水泳を楽しんでいました。なかなか自分の殻を破れなった子も直前にひとつ何かを超えられたりといったこともあり、浜上監督が目標達成以外にも目論んでいたことは次々に起こっていきました。

徐々に帝京大学水泳部のブログに「西園さん」の文字が出てきてくれるようになり、私も部員のみんなの認識の中でチームの一員になれていたのかなと思えたことが嬉しかったです。

はまっちにも、部員のみんなにも、お会いできたすべての人に

本当に感謝でいっぱい。

本当に楽しかったなーと思います。

でも、ここで終わりじゃない。

新しい道が始まっています。

新しい自分と出会う旅に、みんなそれぞれに歩き出しています。

帝京大学水泳部のみんな、本当にこの日はお疲れ様!!

魔女はこれからも、みんなの魔女だよ。

みんなはやっとここで、土台ができたところ。

ここからみんながどう行動し、どんな部を築いてゆくのかを楽しみにしてるからね!

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まとめきれなかったこの日中身、

残りは写真で♪

大会終了後、2018年度の代が終わり、部員全員で代替わりのミーティング。
主将としてきっちりベスト出した寒川くん!お役目、ご苦労様。お疲れ様でした。

寒川主将と浜上監督。
主将:「個人的に、西園さんに身体の使い方を学んでから、
身体の使い方の概念も水泳への概念も本当にガラッと変わって、
身体のことを考えるのが本当に楽しくなりました。どうもありがとうございました。」

・・・あー指導者冥利に尽きるこの言葉。ありがとう!

チャレンジレースに精神を集中させる吉岡くん。
鋭い目つきで真剣に魔女トレ?中。

去年9月のインカレ後から、彼は大きく変わりました。
自分との向き合い方、水泳との向き合い方の答えを自分で出せるようになりました。
本来の持ち味である獣のような性質を伸ばしていくのが今後の課題だね。

新主将としての名誉をかけてチャレンジレースで泳ぐ浅香くん。
真面目な彼が、一皮も二皮も向けた剥けた大きな大会だったと思います。

解散後に挨拶に来てくれた浅香くんに 魔女から贈ったアドバイス:
「"無"になる感覚が分かってきたら、その"無"の中でも自分を冷静に見れるようになる領域にまで行こう」
「日々の自己評価が ちゃんと"目指す場所に対しての"ものになってる?そこがブレてると、積み重ねになっていかないんだよね。あと目標を遠いところに設定しすぎなんじゃないかな。目標を手の届く距離にあるものにすることも一つの手だよ。」

今回入学以来初の自己ベストを出した女子選手。
泣いてる顔がカメラに映らないように隠してる。可愛いなぁ。

「本当に考えて、練習して、本気で取り組んだから、結果が出たの。一つの山を超えたね。スタート台の前でスッと立つ姿から、意志が見えたよ。自分を突破する、そのやり方を学んだんだから、ここから先は自分で道を切り開くんだよ。 」

水泳部のエース。夏に結果を出した後、フォーム改善と身体の開拓に努力を重ねているが、
少し迷走のトンネルに入っている。

「あなたは本当の意味で自分と向き合ってない。
自分に対する思い込みを捨てて、違う角度からも見てみて。
人にも頼ること。自分が自分がってところから少しずつ変わっていこう。」

チャレンジレースを応援する部員たち。
水泳って、個人競技に思えるけれど、立派なチームスポーツ。

浜上監督と私。

私を魔女にしてくれて、こんなに素晴らしい経験をさせてくれて、本当にありがとう!!!
はまっちのこれからを応援してるよ。